震災復興のいま

仮設住宅になお3万5000人

東日本大震災の影響で、プレハブの仮設住宅に暮らす人は、岩手、宮城、福島の3県で3万5503人。この数字は2017年1月末のもの。阪神大震災では仮設住宅は5年で解消した。

それに比べ、震災規模の違いなどがあるにせよ、復興の遅れを示す数字である。

もう一つ問題がある。住人の高齢化がという問題だ。65歳以上の高齢者が占める割合は、岩手が30.9%、宮城30%、福島42.9%。岩手は県全体の高齢化率とほぼ同じだが、宮城は約4ポイント、福島は約14ポイントも高い。自宅再建意欲を失った高齢者への対応が急がれる。

自力再建が6割超

東日本大震災後、岩手、宮城、福島で供給された戸建て住宅は5万843戸。内訳は、自力再建分が3万1769戸で62%。新たに宅地造成し集団移転する公的制度を利用したのは1万9074戸。復興庁が2012年12月の時点で、公的制度の集団移転は2万8060戸を想定していた。実際の制度利用は、その7割弱にとどまっている。

自力再建が6割で多数派だが、公的制度の利用が進まなかった理由は、高台移転などで宅地造成が進まず、待ちきれず住み慣れた土地を離れた人が増えているという実態がこの数字の裏に隠されている。岩手県沿岸部の人口減少が激しく、生活環境の整った仙台市とその近郊の人口が増えているのも事実だ。

広がる避難解除、進まぬ帰還

東京電力福島第1原発事故で出されていた避難指示は、順次解除されている。4月1日までに福島県内11市町村の対象区域の約7割で解除される。しかし、実際の住民の帰還は進まない。順次解除された5市町村の住民登録者約2万人に対し、実際に帰還した人の割合は13.5%にとどまっている。生活インフラの復旧の遅れが帰還を阻んでいる。

復興庁などが継続的に実施している避難者意向調査によると、2016年11月時点で「戻らないと決めている人」は川俣町で31.1%、葛尾村で28.3%、南相馬市で26.1%に上っている。若者ほど帰らないとする人が多い。

二重ローン対策は全国網に拡大

東日本大震災を機に設けられたセーフティーネット(安全網)がある。被災の結果、二重ローンを抱えることになった人を対象にする「個人版私的整理ガイドライン(指針)」だ。指針に沿って返済計画を作成すれば、破産などの法的手続きを経ずに金融機関から住宅ローンなどの減免を受けることができる。

この制度は昨年4月の熊本地震でも安全網として機能した。全国銀行協会が2015年12月に対象を全国に拡大する措置をとっていたため。台風なども含めた大規模自然災害の被災者も対象としている。これまでの利用件数は1300件を超える。企業を対象にした別の制度では、700社以上を救済。ただ、企業版は全国を対象域とはしておらず、南海トラフ巨大地震の発生が予測される中、制度拡充を検討する必要がある。

風化の影、応援職員が不足

被災地自治体に応援要員を派遣する相互協力システムに、発災から6年を経過して、風化の影が見え始めている。2月1日時点で岩手、宮城、福島の44市町村で、復興に必要な職員が228人不足している。土木や建築など技術系職員134人が不足していることが目立つ。健康を守る保健師の要望も強い。

昨年の熊本地震発生を機に、応援職員を引き揚げる動きもあった。被災地の側でも、6年を経過し、復興事業に落ち着きを取り戻した自治体と、いまだに42人の不足が生じている宮城県気仙沼市など実情に開きが出ている。同市の担当者は「道路、港湾整備が続いており、技術職の充足が難しい」と話している。

輸入制限続く日本食品

発災から6年を経過。日本の食料品に対する厳しい視線を変えていない国・地域が残る。野菜・果物の輸入停止などを続けているのは中国など近隣国が多い。食文化でも共通性の高いこれらの国の態度は、日本の生産者の苦境打開の道を閉ざしたままだ。

農林水産省によると、震災直後54の国・地域が日本の農水産品の輸入を制限。今は33カ国に減っている。野菜・果実に限定すると、震災直後42の国・地域の輸入制限があったが、今は19にまで減っている。一方で、福島県知事の売り込みで同県産の桃がタイへの輸出量を拡大するなど光が見えないわけではない。

廃炉費用8兆円 膨らむ恐れ

福島第1原発の廃炉作業は、工程の遅れが目立つ1年となった。政府が昨年示した廃炉費用は8兆円だったが、さらに膨らむ恐れがある。放射能汚染水は3月初めの時点で102万トンを超えた。汚染水の増加要因となっている地下水流入を抑える凍土遮水壁について、東電は「効果が出てきた」と主張するが、なかなか効果は表れていない。

使用済み核燃料の取り出しも進んでいない。1号機に292体、2号機に587体、3号機に514体が残る。3号機の取り出し作業は2018年1月に始める計画だったが、18年度中頃へ延期。難関の溶け落ちた核燃料(デブリ)取り出し作業は、カメラ撮影が試みられたが、不具合で動作しないトラブルに見舞われた。

デブリ取り出し見通せず

福島第1原発の圧力容器の底から溶け落ちた核燃料(デブリ)を取り出すことが、廃炉作業進展のカギとなる。デブリが格納容器内のどこに、どの程度あるのかを把握することが、取り出し方法を定めるために最初に必要な情報だ。2017年1月以降、東電は2号機にカメラを取り付けた自走式ロボットを入れる作業を開始、撮影を試みた。しかし、現時点では状況を把握できていない。

ロボット調査は1月26日に先端にカメラを付けた棒を挿入する調査から開始された。同月30日に作業用足場にデブリらしい堆積物を発見。その後、調査用ロボット「サソリ」を投入したが、途中で立ち往生し圧力容器下まで到達できなかった。1号機でも同様の方法で調査を実施、今夏までにデブリ取り出し方針を決定する予定だが、ゴールはまだ見えない。

大きめ余震で一時増加、東北沿岸で隆起続く

気象庁の発表によると、東日本大震災の震度1以上の余震が3月6日までの6年間で計1万2866回(本震含む)に上った。減少傾向が続き、5年目に620回だったが、6年目は784回に増加した。昨年は11月に福島県沖でマグニチュード(M)7.4、最大震度5弱、12月に茨城県北部でM6.3、同6弱の余震があったため、一時的に増えたという。気象庁は「余震は減少傾向だが、強い揺れや津波を伴う地震にこれからも警戒してほしい」と話している。

一方、国土地理院によると、東北の太平洋沿岸の地殻変動は、水平方向は震災時からほぼ東に移動を続けているが、垂直方向は震災時に大きく沈下した後、小幅隆起が続いている。震災時から東方向への移動量合計が最も大きいのは、宮城県石巻市の牡鹿半島にある観測点の6メートル48センチ。この地点は震災時に1メートル7センチ沈下したが、翌日から今年2月までに50センチ隆起した。

(情報提供:時事通信社)

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