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陸前高田の地で育まれる希望の種「たかたのゆめ」

日本たばこ産業株式会社(以下JT)が開発・保有していた品種「いわた13号」。2012年、JTはこの品種を、東日本大震災により大きな被害を受けた岩手県陸前高田市へ復興支援を目的として寄贈します。そして公募によって「たかたのゆめ」と名づけられ、ここに、未来のブランド米が誕生したのです。

「たかたのゆめ」農地

東日本大震災から7年。復興への長く険しい道のり

東北地方を中心に、太平洋沿岸の多くの市町村に甚大な被害をもたらした東日本大震災から7年。猛烈な津波を受けながら、約7万本もの松林のなかに1本だけ残った「奇跡の一本松」で知られる陸前高田市もそんなまちのひとつ。「あっという間の7年だった」と語るのは、東日本大震災発生のおよそ1カ月前から陸前高田市長となった戸羽太市長です。

戸羽太 陸前高田市長

「“被災地”とひとくくりにされてしまうんですよ。『7年経って、だいぶ復興したね』と。でも、実際には早く復興に向かっている場所もあれば、まだまだ遅れている場所もある。それは被害の大きさにもよりますよね、瀕死の重傷を負ったのか、それとも軽傷だったのか。陸前高田はまだ復興には時間がかかると言わざるを得ません」

復興の状況は、場所によってピークに差がある。たとえば、市庁で働く職員のなかには、各地からの応援で来ている人たちもいる。ほかの市町村ではそろそろ自分本来の職場へ戻れる状況でも、陸前高田市においては今現在が復興へ向けてのピークで、むしろ人手が足らない状況。「たとえ嫌われたとしても、現実を理解してもらうしかない」と戸羽市長は語ります。

「忘れたいけど忘れてほしくはない、
忘れられない」

ありがとう 奇跡の一本松 陸前高田市

被災地域に直接関わる人々以外には、東日本大震災に対する思いの風化は否めません。そんな状況について、戸羽市長はこんな風に語ります。
「忘れたいけど、忘れてほしくはない。そして忘れられない」 起こってしまった悲劇を忘れたい気持ちはあるが、世間からは忘れられたくはない。そして実は、当人たちはそれを忘れようとしても忘れられずにいる。それでも戸羽市長は前を向く。

戸羽太 陸前高田市長

「陸前高田市の人口は国勢調査では震災前の平成22年には2万3300人でした。でも、去年には2万人を下回っていた。しかしながら私が震災後に立てた復興計画では『8年後には人口2万5000人にする』と言ったんです。夢がある計画じゃなければ、とてもじゃないですが、前には進めませんでした」

壊滅的な被害を受け、何もなくなったからこそ実行できる新しいまちづくりがあります。たとえば、障がい者にもやさしい、段差のない道づくりなどは1から取りかかることが可能。そしてさまざまなきっかけでまちの内外で交流人口を増やすことができれば、自然と人が集まるようになります。さらに受け入れるハード面のアドバンテージがあれば、障がい者の人たちも、まちや人々と積極的に交わることができるかもしれません。

「復興していくそれぞれの市町村が、どこも同じ金太郎飴状態ではダメだと思うんです。そのまちが存在する意味を持ちたいし、苦労した期間や復興にかかる莫大なお金を無駄にはできません。若い人や新しくやってくる人たちを迎え入れやすい、近代的で機能的なところも備えつつ、震災前の場所もきちんと認識できるなど、陸前高田市民にもきちんと愛してもらえるようなまちづくりを進めたいと思っています」

減災の意識を持つ。
万が一被災したときに後悔しないように

戸羽市長は震災で奥様を亡くされています。だからこそ市長は、誰かが万が一大きな天災に遭うことがあったとしても、「我々と同じような思いはさせたくない」といつも考えているのです。

「『防災』という言葉は、私は現実的ではないと考えています。『減災』と呼ぶのがふさわしいのではないでしょうか。まずは一人ひとりが、この日本という国が、災害大国だということをきちんと認識することです。誰もが被災者になる可能性があるのですから、『自分だけは大丈夫』と思い込んでしまうことは、とても危険なことです」

まずは家族をはじめとする大切な人の安全を確保するということを優先し、共通の避難場所は話し合って決めておくべき。実際に、東日本大震災では避難場所に家族がいないことから、不安になって家に戻り、そのために被害に遭われた方も相当数いらっしゃいました。

「我々にとっては足踏みしているように感じることが多かった7年ですが、それでも子どもたちの成長した姿を見ると、しっかりとした時を過ごしてきたんだな、と実感することができます」

戸羽太 陸前高田市長

「たかたのゆめ」があれば夢を語り合える

奇跡の一本松の話は有名ですが、被災地域においてのいいニュースは、全国的に取り上げられることが多くなります。戸羽市長も「『たかたのゆめ』にはまさしく夢があり、交流人口の拡大にも繋がっている」と語ります。

陸前高田市役所には“たかたのゆめ係”があり、その係長を務める農林水産部の村上聡さんは、「『たかたのゆめ』は農業という一次産業の復興の旗印になる存在」と期待を込めます。

たかたのゆめ係 村上聡さん たかたのゆめ係 係長

「震災があったからこそできた新たなつながりがあります。『たかたのゆめ』はまさにその代表で、JTの社員の皆さんをはじめとする、新しくて強力な仲間を集めることができる存在になっています」

たとえば、この「たかたのゆめ」のことを知ってくれた横浜市の小学生がきっかけとなって、横浜市にある小学校が次々に総合学習という授業に「たかたのゆめ」の稲作を採用するようになった。その輪は徐々に広がって、首都圏から小学生、大学生などが農業体験や民泊ツアーに訪れているのです。

村上聡さん

「『たかたのゆめ』をはじめとする農業というコンテンツを使って人に来てもらい、陸前高田に来てくれた人たちに強烈なインパクトを残して、リピーターやファンを増やしていきたいと考えています。そのためには陸前高田に今あるもの、今できることで、きちんとしたおもてなしをすることを心がけています。でも実は、農業がこんなふうに新しいコンテンツになるということは、震災前には考えたこともありませんでした」

村上さんは、これからは「復興支援」という名目にとらわれることなく、つながりを持った人々との関係性を継続していけるようになっていくことが大事だと考えています。

奇跡の一本松が立つ場所のあたりは、もともと広大な松林に隣接する、高田松原海水浴場という“岩手の湘南”とも呼ばれた人がたくさん集まる有名な海水浴場。その近くにあった「タピック45」という道の駅は、陸前高田市を代表する建物で、現在も震災遺構として保存されています。

「新しいまちができつつありますが、やはり陸前高田の新しい顔になる新たな道の駅が必要と考え、現在その計画が進んでいます。そこでもきっと『たかたのゆめ』は主役のひとつになると考えています」

奇跡の一本松 道の駅「タピック45」

評価も急上昇。「たかたのゆめ」はもはや復興米ではない

震災直後は“復興米”というイメージの強かった「たかたのゆめ」ですが、さまざまな工夫と努力によって水田の土壌環境が改善されるにつれ、徐々に収穫高も上がり、味の評価も高まっています。

「たかたのゆめ」

「震災直後は本当に、本当にいろいろな人たちに助けられました。あまりの被害の大きさに、我々は呆然とするしかなかった。でも外からの助けがあったからこそ、だんだんと元気をもらって『生き残った我々でがんばろう』という気持ちになれたんです」

こんな風に話してくれたのは、「たかたのゆめ」ブランド化研究会の会長を務める佐藤信一さん。「たかたのゆめ」ブランド化研究会は、その名のとおり、「たかたのゆめ」を真のブランド米にするための活動をしている有志の集まりです。

佐藤信一さん 「たかたのゆめ」ブランド化研究会会長

「とくにJTの方々は種もみを寄贈してくれただけでなくて、そのあとの稲の育成に関わることまで一緒に考えてもらったり、まさに“物心両面”で支えてもらっています。応援してもらうからには、こちらもがんばらないと、といつも思っています」

陸前高田市は海の近くにあるが、平地は少なく山地が多いので農地が少ない。それでも佐藤さんたちは『たかたのゆめ』を生産するメリットをきちんと示して、生産者を今以上に増やしたいと考えています。また、佐藤さんはまだ陸前高田を訪れたことのない、たくさんの人々にもこのまちを訪れてほしいという思いがあるそうだ。

「ここに暮らす人たちはみんな人情豊か。そして『たかたのゆめ』というおいしい米もある。さらにおいしくて新鮮な海産物も豊富。ぜひいろいろなところから飲みニケーションしに来てほしいですね」

実際、「たかたのゆめ」の評価はうなぎのぼりで、岩手県内の米のなかでももっとも単価が高い米にもなった。そういった背景からも、ブランド化研究会では「もはや復興米ではなく、真のブランド米になりつつある」という手ごたえを感じつつあるようです。

佐藤信一さん

わずか約6kgの種もみだった「たかたのゆめ」。2013年に始まった夢の第一歩は、1農家、15アールの作付面積からスタートしました。それにもかかわらず、3年後の2016年には50世帯を超える農家が作付けし、50ヘクタールを超えるまでに作付面積を広げました。そして着実に、「たかたのゆめ」のファンを増やしています。

JTは、力強く復興、そして発展していく陸前高田市の人々と共に、これからも「たかたのゆめ」の成長を見つめ、新しい未来へと歩み続けていきます。

たかたのゆめ バナー

JTグループでは、東日本大震災復興への継続的な支援として、「『ひと』と、未来へ。」をテーマに、「つながり支援」、「なりわい支援」、「にぎわい支援」の3つの領域に取り組んでいます。
いつか東北が、復興を遂げるまで。
私たちは、「ひと」の「とき」といっしょに歩みながら、未来を想いつづけていきます。

「なりわい支援」 陸前高田市発ブランド米「たかたのゆめ」

「つながり支援」 コミュニティ活性化支援「JT NPO応援プロジェクト」

「にぎわい支援」 ボランティアで集う「RockCorps supported by JT」