支援先について

公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(宮城県仙台市)

https://cfc.or.jp

震災をきっかけに生まれた、多くの課題を抱える子どもたちに寄り添い続ける公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」。寄付金を学習塾や習い事教室に通える「教育クーポン」に変えて、子どもたちに支給する仕組みを提供し続ける。「教育クーポン」はいわば、子どもたちをサポートする大切なツールだ。そんな子どもたちを“ナナメの関係”から支えるのが大学生ボランティア。二人三脚で互いが成長するカタチが生まれている。

「教育クーポン」という言葉をご存じだろうか。個人や企業の寄付金を習い事教室や塾など教育サービスでの利用に限定したクーポンに変え、災害や家庭の事情で経済的な課題を抱える子どもたちに支給する。子どもたちはそのクーポンを使って習い事教室や塾に通うことができる。このクーポンは、「学ぶチャンスさえあれば成長できる子どもたちを支えたい」という志を持った3人の20代の若者が2011年に設立した、公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」(以下、CFC)による教育支援の核となる仕掛けだ。
これまでに「クーポン」を利用した子どもたちは延べ1,494人。東日本大震災後、仙台に事務局を構え、津波で家が倒壊したり、親が亡くなったりした子どもたちの教育支援を行ってきた。そんなCFCによる支援は、「クーポン」を支給するだけではない。大学生ボランティアが多感な子どもたちの心に継続的に寄り添い、見守る「ブラザー・シスター制度」(通称:ブラシス)も大切な仕組みだ。具体的には、大学生ボランティアが2?3人の小学生から高校生までの子どもの担当となり、月1回30分ほど電話で話したり面談したりする。子どもは近況を報告し、学習や進路の悩みなどを相談できる。

担任の先生に憧れて、将来の夢が見つかる

宮城県東松島の矢本東小学校6年生の勝亦朝飛(かつまたあさひ)くんが「ブラシス」を通じて、大学生ボランティアの前田諒さん(22歳、宮城教育大学修士1年生)と電話で話すようになったのは3年前。勝亦くんは小学校に入学する1カ月前に石巻で被災し、津波で家が崩壊。家族で東松島の仮設住宅に移り住んだ。

勝亦くんは幼い頃から、負けず嫌いでチャレンジ精神旺盛な頑張り屋さん。そろばんやバレーボール、水泳などを習い、そろばんの大会で負ければ泣いて悔しがるような性格だった。
小学校4年生の時、学校で配られたチラシから「クーポン制度」の存在を知った。お母さんにチラシを見せると「自分が本当にやりたいと思うなら申し込んでみたら」と背中を押された。CFCに申請すると審査に通り、勝亦くんはそのクーポンを使って、念願の学習塾に通って算数と国語を学ぶことに。勉強がますます面白くなったという。6年生になった今では週2回、国語、算数、理科、社会の4教科を習っている。

勝亦くんが、たくさんあるクーポンの使い道から学習塾に通うことを選んだのには理由がある。負けず嫌いな性格ゆえもっと成績を伸ばしたいという思いがあった。そして何よりも、「小学校か中学校の先生になりたい」という夢があった。
「担任の先生の授業の教え方がとても分かりやすかった。“けん玉”や“コマまわし”も上手で何でもできるし、あのような先生になりたいと思いました。バレーボール部の顧問にもなりたいです」と 勝亦くん。その夢に近づくために、「勉強したい」という思いが自然と湧き出て来たそうだ。

2人の距離が縮まったきっかけはカードゲーム

学習塾に通い出し、「ブラシス制度」も利用することに。そうして月1回、会ったこともない大学生と電話で話す日常が始まった。「おそらくなぜ毎月知らないお兄さんと電話しなくちゃいけないのか、朝飛くんは分からなかったと思います」と前田さんは笑う。
始めはあまり会話がはずまなかった。「今日は何してた?」「塾はどう?」「今学校で何を勉強しているの?」約30分間、前田さんの質問攻めで終わった。「私自身、年の離れた小学生と何を話していいか分からなくて。始めは、心の距離を縮めるどころか話の糸口を見つけるだけで必死でした(笑)」(前田さん)。
しかしその糸口が見つかるのに、そう時間はかからなかった。きっかけは、前田さんも子どもの頃に遊んでいたカードゲームだ。勝亦くんの手持ちのカードの話で盛り上がり、ある時はアニメのキャラクターゲームの進行具合を彼が前田さんに報告する。ゲームの話題を中心に自然に会話が弾むようになった。そして、さらなる共通点が見つかった。2人の将来の夢が同じ教師だったのだ。互いの距離はますます縮まり、「前田さんと話す日が楽しみになった」と勝亦くんは話す。

2人が実際に会ったのは、3回だけ。初めて会ったのが、2016年3月の「クーポン」を子どもに贈呈する式のときだった。勝亦くんを見かけた前田さんは少しドキドキしながら、「あ、朝飛くんかな?」と声をかけた。前田さんと目が合った勝亦くんは、ちょっと照れくさそうに「はい」と答えたという。
この取材の日も、2人にとっては久々の再会。始めは互いに少し照れがあるものの、すぐに打ち解ける。「前田さんに見せるために新しいカードを持ってきたんです」そう言いながら、勝亦くんはカバンからカードを取り出し、前田さんの前に並べ始めていた。

「年齢こそ違うが、同じ夢に向かう朝飛くんにとってナナメの存在でありたい」と前田さん。縦の関係のような兄と弟でもなく、先生と生徒でもない。毎月何気ない話をし、勝亦くんの成長を陰ながら見守り続ける“ナナメ”の関係だ。「そんなちょうどいい距離感から生まれる安心感が、少しでも彼の夢への後押しになればうれしい」と前田さんは目を細める。

子どもも大学生ボランティアも一緒に成長する

そんな“ナナメの関係”は、「子どもだけでなく『ブラシス』のボランティアとして関わった私自身も成長させてくれました」と話すのは、中学生と高校生の女子を担当する菊田沙樹さん(22歳、東北福祉大学4年生)だ。
菊田さん自身も仙台で被災を経験。自宅は倒壊を免れたが、よく遊びに行った祖父が住む気仙沼の家は全壊した。震災直後、高校生だった菊田さんは呆然として何もできなかったという。さらに受験が重なり、心が不安定になったことも。しかし、自分より大きな被害にあっている人がいるから『辛い』と口に出してはいけないと思っていました。ずっと胸の奥に「震災復興のために何かしたい」という思いがあり、大学進学を機に、CFCの活動に参加することにした。

2人の中学生と高校生の担当になり、1カ月に約30分という短い時間だが、学校生活や部活、進路のことなどいろんな話を聞いた。子どもの受験前には自分が受験生だった頃のことを思い出しながら励ましの言葉をかけた。一方で自分の価値観を押し付けないように気をつけていたという。「人間一人ひとり性格は違うし、育った環境や現状も違う。相手の想いを大切にしながら寄り添うことで、子どもたちの不安や、もやもやする気持ちが少しでも整理されればいいなと思います」(菊田さん)。  
クーポン贈呈式の日、担当していた女生徒が「ずっと側に寄り添ってくれて、何でも相談できる菊田さんの存在は私にとって大きいです」と皆の前 で挨拶してくれた。「電話ではそんなそぶりを全くみせないのに(笑)。本当にうれしかったです」と菊田さんは微笑む。

5年間で延べ5,178人の子どもたちが落選

菊田さんは、この春から東京のIT企業での就職が決まっている。「『相手の立場に立って考える力』『ワークショップや研修などを企画する力』など、社会に出ても役立つような力をCFCの活動で学びました。社会人になったら、今度は自分で稼いだお金でCFCに寄付し、クーポンの支給を待っている子どもたちの夢をサポートしたい」と菊田さんは語る。
クーポンの利用者は年々増加傾向にある。しかし、申請した子どもたち全員に支援されるわけではない。毎年、寄付の合計額から決める定員を大幅に超える子どもからの申し込みがあるものの、5年間で延べ5,178人の子どもたちが落選し支援を受けられないのが現状だ。震災から6年経った今も、チャンスを待っている子どもたちはたくさんいる。

公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(CFC):
設立母体団体の特定非営利活動法人ブレーンヒューマニティー(BH)のプロジェクトとして、2009年11月に関西で創業。東日本大震災後、関西で実施していたモデルを東北にも展開するためBHから独立し、一般社団法人チャンス・フォー・チルドレンを2011年6月に設立。当時20代の3人が代表理事に就任。学習塾や習い事教室などに通えるクーポンを子どもたちに提供し、学ぶ機会を与えている。2014年に内閣総理大臣の認定を受け公益社団法人になる。